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菊姫
菊姫とくれば、デーモンさんの「北の王国」の菊姫を思い出します。
あの菊姫は、本当に可愛い菊姫だったし、あの景勝&菊姫の夫婦仲も絶妙です!
そして、この二人に直江夫婦が加わると、更に絶妙なカルテットが出来上がっていましたねえ・・・・
アンチデーモンの私には、珍しく気に入った女性でした!
で、お菊さんは、ご存じの通り、武田信玄公の姫君!
御館の乱で、越後に攻めようとした武田勝頼と上杉景勝が同盟を結ぶ事になって、その証として、景勝に嫁いできたのがこの菊姫です。
武田家の姫として生まれ育った菊姫であれば、自分がそういう役割をいずれ果たすことになる事くらい、自覚して育ってきたとおもいます!
実際、菊姫は賢妻だったという話です。
母である油川氏も、信玄公の側室になった経緯を知っていれば、自ずと彼女にもそういう覚悟が出来ていたと思います!
よく小説では、実家をなくして精神不安定になった!的に書かれておりますが、旦那さんがあの通り律儀な方だったから、お菊さんは精神的に不安定になっていたモノでしょうかねえ・・・・
サルが天下統一を果たし、大名の妻子を人質として京に住まわせる事になった時だって、菊姫は「上杉家の重要人物」として、その役割を果たしていたと思います。
だって、今の世の政治家の奥さんだって、旦那さんの代わりに講演に回っていたりするじゃないですか?
大名の正室とは、何も夜伽だけの存在ではございません!(爆)
といっても、やはり体は丈夫な方ではなかったのでしょうかねえ・・・
関ヶ原が終わって、その二年後、伏見の上杉館で40代の若さで亡くなりました。
ソースはつかめておりませんが、景勝に四辻氏を側室として紹介(?)したのが、菊姫だという話もありますし、徳川政権下で上杉家が生きていくと決めてから、上杉家の世継ぎが必要だ!と彼女も分かっていたと思います。
それに、景勝は病気で伏せっている彼女に病気平癒の祈祷をしていたというので、菊姫の病態を何よりも心配していたのは、旦那の方ではなかったでしょうか?
・・・・しかし、二人に子供が出来なかったのは、本当に残念です!
もし、二人の間に子供が出来ていたら、完全なサラブレットですよ〜
惜しい!誠に惜しい!!!

関係ないですが、つい最近まで武田信清が菊姫の同腹の弟だと思い込んでおりました!
同腹は、仁科さんだったのですねえ・・・・オーマイガッ!